小項目「ユキ、自分の成長を受け入れて」

星のヘアライン

仔うさぎ、牧草フィーダーに乗る    
 

ドテガシャン!

ああまた…。時刻は夜中の2時過ぎ。所謂丑三つ時です。

 ユキにとっての初めての夏。私は夜中に何かが金属の上に落ちる嫌な音で、度々目を覚ますようになりました。生後3ヶ月。半端な大きさになった仔うさぎが、牧草フィーダーから落ちる音です。この音がすると、飼い主はどんなに眠くても、ベッドから出て、愛兎の無事を確認しなければなりません。

 ユキは、初めてショップで見た時から、餌入れや、牧草フィーダーに乗っている、変な仔うさぎでした。10匹ほどの仔うさぎがひしめく大部屋で、一段高いところで他の仔うさぎを見下ろすその行動を、私は彼女のなわばり意識の表れだと思っていました。しかし、うちに来てからもそれは続き、どうも彼女のアクロバットはジャイアン的な上位行動ではなく、単純に「高いところが好き」だったということが分かりました。枝に止まった白い小鳥のようなその姿は可愛らしく、趣味は趣味として認めてあげたいところですが、彼女はもう赤ちゃんうさぎではありません。身体が大きくなってしまった彼女が、不安定な金属の棒や幅2センチ程度の餌入れの縁で乗ってくつろげるはずが無いのです。餌入れはともかく、牧草フィーダーは高さがあるので、変な姿勢で落ちれば怪我をします。さらに、足がどこかにひっかかった状態で落ちたらと思うと、骨折などの深刻な事態になる可能性があります。

 ユキは、運動神経の良い仔うさぎで、幸いどんなに無様に落ちようと怪我はありませんでした。ただ、このまま牧草フィーダーから落ち続けたら、きっといつか怪我をして、健やかに成長することは出来ないでしょう。そして、寝不足が続く飼い主も、健やかではいられないでしょう。

 私も、手をこまねいていたわけではありません。

対策1、牧草フィーダーを、より高いところに設置する。
これはイタチゴッコ…あるいは、チキンレースのようでした。彼女は忍者の修行のように、次第に高くなっていく牧草フィーダーに飛び乗っていきます。高さに比例して落ちた時のダメージは大きくなります。チキンな飼い主は、心臓が痛くなり、1の方法を捨てました

対策2、牧草フィーダーの付け方を変える。
これも1と同様でした。斜めに取り付けたって、乗ろうとするのです。さながら上海雑技団の美少女が、斜めにした椅子の背もたれの角に乗ってバランスをとっているような眺めでした。心臓の痛さは変わりません。

対策3、牧草フィーダーをあきらめ、牧草は餌入れに入れる。
もしくは、床に置く。…残念ながら、床はダメです。衛生的に問題があります。餌入れに牧草を入れても、結果として、使用者(ユキ)が全てあっという間に床に撒いてくれるので、始めから床に置くか、3分後に散らかった状態で床に置くことになるかだけの違いしかありません。また、危険度は牧草フィーダーより小さいとはいえ、餌入れにも彼女は乗りたいので、抜本的な解決にはならないと言えます。

 結局、高いところ好きのユキが満足するように、小屋を二階建てにするなど、フォーマットを大換えするしか無いと思うようになりました。ただ、改装したところで、更なるアクロバットが繰り広げられる可能性もあり、改善するとは限りません。

基本は、本人が止めてくれるしか無いのです。


どてん。

 ユキは相変わらず落ち続けます。懊悩の日々が何日も続き、飼い主による夜中の安否確認も朦朧としてきたころ。私はベッドから這い降りて、匍匐前進のような格好でユキの小屋に行き、様子を見ました。ユキは、私が手を出すと、「起きたのか。では撫でろ」と、ぎゅうぎゅう頭を手に押し付けてきます。どうやら仔うさぎに怪我は無さそうです。私も相当参っていました。頭は思うように動かず、ぎしぎしといびつな速度で空回りしています。私は最後の手段に出ることにしました。

…「説得」です。

 なあユキ…。お前が赤ちゃんのころは、そりゃあ可愛かった。ショップのご主人も、この店で一番の容貌と言っていた。売る時のリップサービス?そんなことあるはずが無い。だってお前は、白くてやわらかくて、命を吹き込まれた綿雪のようにふわふわしていた。フィーダーの上に小鳥のようにちょこんと乗って、うつらうつらしている姿にどれだけ癒されたか分からない。でも、ユキ。聞いておくれ。お前はもう、赤ちゃんじゃない。ましてや小鳥でもないんだよ。お前はこれから、もっと大きくなって、1年もすれば、もっと立派に、大きくなっているだろう。
だからいつまでもフィーダーや、餌入れに乗っていちゃあダメなんだよ。

 ああそうか。分かった。お前の言うとおりだ。私ももう膝上のスカートを穿くのは止めよう。白のワンピースも、年相応のデザインのものにしよう。流星群だシナリオの納期だと、安易に徹夜するのも止めよう。翌日に残るような飲み方も控えよう。私ももう決して若くはない自分の歳を受け入れるから…。

ユキ。お前も、大きくなった自分の身体を、受け入れておくれ。

ユキ。これから、もっとお前は変わっていく。仔うさぎ独特のあどけない可愛らしさは無くなっていき、容色は衰えるかもしれない。でも、それが「成長」というものなんだ。生き物にとって、素晴らしいことなんだよ。そして、ユキ。聞いておくれ。それは飼い主にとっても、この上なく嬉しいことなんだ。お前がどんな大うさぎになっても、そのままのお前を愛してる。

お願いだから、もう餌入れや牧草フィーダーに乗るのは止めておくれ。

 …夜中に仔うさぎの顔を両手で包み、とうとうと説得する私の姿は、きっととてつもなく異様だったことでしょう。聞いていたのかいないのか…。もちろん聞いてはいなかったのでしょうが。

ユキは黒いガラス球のような目を瞠り、ずっとこちらを見つめていました。





 その夜中の説得から数日後、彼女の中でも、何らかのきっかけがあったのでしょう。ユキは、餌入れにも、牧草フィーダーにも、ぱたりと乗らなくなりました。



 私はと言えば、約束どおり膝上のスカートは止めました。
でも、今でも時々徹夜はしています。


 2009/10/1脱稿
ユキ、牧草フィーダーにはもう乗れない。
ユキさん近影。月日の流れって、残酷ですね…。

 弟の帰省1

弟の帰省2
 ※うさぎねこについては、「ナビゲータのご挨拶」
「うさねこストーリーズ」をご参照ください。

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