小項目「侵食日記」

星のヘアライン

    

 とうとう始まった…。
それに気づいた時、予期していたこととはいえ、私は暗澹たる思いに打ちひしがれました…。

 
 

 星マーク

 
 

2008年9月

 ユキとの出会いは、彼女が掌に乗るほど幼い頃でした。

 東京のうさぎ専門店、ユキは同じような年齢の仔が集められた大部屋で、うつらうつら眠っていました。
積もったばかりの新雪のように真っ白い毛並みと、私に気づいて撫でてくれと他の仔を押しのけて寄ってくる懐っこさで、私は一瞬で彼女に夢中になりました。

雪の舞う寒い寒い2月。
先代のウサギが逝って、ぽっかり空いた私の心の隙間に、その綿雪は当たり前のように舞い降り、暗かった胸の穴を、ほんのりと明るく照らしました…。

なーんちゃって…。


 
  写真「白かった頃のユキ」   
 



2009年12月

 かなり早い段階で、「新雪」では無くなったユキは、都会の道端の雪よろしく、泥にまみれてしまいました。
濡れたガラス球のような目だけは変わらずに美しいのですが、その可愛いお顔には、お前はサラブレットか、というようなダイヤ柄の模様が出来たり、変なおじさんのような眉毛模様が出来ては変化していきます…。
身体にも、白くは無い毛の侵食は進んでいきます。


 

 
写真「顔に色々と模様が出ているユキ」   
 



 「アイス・キャッスル」という映画がありました。
失明し、アイデンティティーを失い、自暴自棄になったフィギュアの選手の苦悩を描きます。
彼女を愛する周囲の人々は、スケーターでなくなっても、あなたの価値は変わらない。
あなたがあなたであることだけで、十分に素晴らしいのだ。フィギュアスケーターとしてのあなたは、あなたの一部でしかないと、心を尽くし、時間をかけて、少女の心を溶かしていきます。

 …雪のように白いから、ユキ。では白くなかったら…。
いやいや。いいじゃあないか。毛色がカオスでも、お前の美貌が衰えるわけではないし…ああ、衰えてるか…。何だそのマヌケな顔は…。いや、そうではなくて。衰えたところで、「かわいい」ことがお前の全てでは無い。お前がお前であることが、十分素晴らしいのだ…。

…でも…、ペットのうさぎから「かわいい」を取ったら何が残るんだろう…。
いやいや。何を考えるんだ自分。この仔には、歴代のうさぎに無い良さもある。今までで一番乱暴だし、シモがゆるかったり、全く落ち着きがなかったり、ものすごく食べ物に執着したりする個性があるじゃあないか…。

…。

考えれば考えるほど何か、這い上がれないところに落ちていく気がしていました。

 
  

 アイキャッチ 星

 
 

2009年1月

 「姉妹」という、楳図かずお先生のホラーマンガがありました。
確か、18歳になるとしだいに醜くなってしまう家系の娘の、美に対する執着と、姉妹への嫉妬を描いた恐ろしい物語でした。楳図先生は、この「醜くなる」テーマに何故か惹かれてらっしゃるようで、「洗礼」も、冒頭は似たイメージで始まったような気がします。美しい女優に、ある日ぽつんとほくろが出来、それは日に日に大きくなっていき、皺が刻まれるようになり、やがて彼女は…。どうなる…んでしたっけ。怖くて調べられせません。記述が曖昧で申し訳ない…。ほんとに、氏の作品はトラウマになる程怖かったんですよ…。

 幸い、ユキちゃんは、このマンガの主人公とは違い、何が全身に広がろうと、途中で止まって、思わず見返すほどふざけた配色になってしまおうと、全く気にしていないようです。ツートンカラーでもいいけれど、何故そこを…?

 ユキ本人が、この河童かカメの甲羅のような悲しい模様に気づいていないことが救いです…。

 ユキ…、お前の祖先が競争して、負けたことのペナルティが今更お前の身体に刻まれたのかい…?
なんて恐ろしいカメの呪いだろう…。


 
   写真「カメ模様のユキ」  
 



2009年2月

 「ゼイリブ」という映画がありました。
ジョン・カーペンターという、3回言おうとすると、2回目あたりからジョンカンペンタンになる偉い監督の、硬派なSFです。何が硬派って、肉体派の男二人のケンカが延々数十分続くのです。これでもかこれでもかと殴り合い。そして、お前やるな。お前こそやるな。というあれです。ホントにこのシーンが長いので、マニアにはお勧めです。別に私はマニアではありませんが、この映画はクールでかっこよくて好きです。今現在すでに、異星人による地球侵略は進んでいて、人類は洗脳状態にあるというテーマは、古典的ではあるけれど、古くならず、普遍的だと思うのです。

 何故古くならないかって…。
恐怖はいつか唐突に襲いかかってくる、のではなく、今もう既に、日常に潜み、侵食されている、という、潜在的な恐怖のポイントをがっつりついているからでしょう。

 侵食とは、忍び寄るもので、気がつかないうちに、進行していくということですよ…。
身体を蝕んでいく、茶グレーのまだらな毛色…。

 「病院に行ったら、止まるかな…」と友人に言ってみたところ、「行ってみたら?そして、うちの仔、本当は白いんです。こんなんじゃなかったんですって言ってみたらいいよ」と、冷たく言われました…。

何よ。ジョン・カーペンターと、一回だって言えないくせに…。


2009年3月

 漸く侵食がひとまず落ち着きました。
私の動揺も落ち着きました。一時は、動画サイトで人気の、とてつもなく可愛い白い仔うさぎに、ライバル心を燃やしたことがあるのなんて、遠い昔の話です。
あの頃オレ…、若かったな…。

 いいよ。ユキ…。あの仔うさぎの動画はきっとCGだよ。(そんなことはありません!)あんな真っ白い兎がこの世にいるわけがない。(錯乱)お前をビデオで取って、それを白くするなんて、私にも出来るさ。(これを「欺瞞」といいます)

白いマシュマロは確かに主流だけど、コーヒー味だってある。お前はコーヒー味でも、ココア味でも目指せばいい。今はどっちでも無いまだらブレンドだけど、それにはそれの、良さがある。
…きっとある。
少なくとも、たぶん一部のマニアには受けるはずだ。

それに、くるくる毛色が変わるなんて、面白いっちゃ面白いじゃあないですか。
ははは。


いつしか自嘲的な中にもポジティブに、私は愛兎の衣替えを見守るようになりました。

 
 
   写真「お尻も黒いユキ」  
 



2009年9月

 ユキはもう何枚もの着替えを繰り返し、連続写真にして繋げて動画のように仕上げたら、ホントに浸食のようで面白いんじゃあないだろうかと思うようになりました。
ユキ。そのままのお前を愛してる。別に「ユキ」だから白くなくちゃいけないなんて、ハイジのイメージ戦略さ。お前と同じ名前のあの仔ヤギだって、あっという間にでっかくなって人の背中に頭突きを食らわすような大ヤギになる。もう誰もお前を白兎とは言わないだろうけど、「何でユキって名前なの?」と言われない程度に白ければ十分さ。

それに、ほら、ひっくり返せば、お前の腹から胸にかけては、今でも変わらず真っ白で美しい。

降りたての新雪のように、綿雪の…。

 
写真「胸毛は白いユキ」  
 



…。

 光の加減か…、私は恐ろしいものを見ました。今一瞬、ユキの純白の胸の奥が、黒っぽかったような…。

 私は震える手で、アザを確かめる楳図かずお先生のマンガの主人公のように、ユキの胸の毛を掻き分けてみました。






 
  写真「胸毛の奥は黒かった」   
 



きゃー

きゃー

きゃー

きゃー

きゃー

 白い毛の奥に、黒い毛がスタンバってる!もうダメだ!ゼイリブだ!侵食は既に、胸毛まで及んでいたんだ。私が気づかないように、奥からひっそりと!ホーリーキャンドルは!?純銀だ、鉄だ!ペンタグラムだ!悪魔退散だ!ラテン語だ!(?)「スーパーナチュラル」によれば、塩だ!大量の岩塩を撒くんだ!

 …錯乱する私をよそに、ユキは、いつも通り、私の膝で、のったりと伸びをします。




「どうしたの?何かくれるの?」


 私を見上げる零れ落ちそうな真っ黒な目。胸の毛を掻き分けたまま固まっている私の手に、ユキは頭を押し付け、撫でて、と催促します。安心しきって私に身を預ける、柔らかく、温かい、命。

こんなにか弱い生き物が、全てを私に委ね、目を瞑っていることを奇跡だと、改めて思います。



…バカバカしい…。
毛色が何だってんだ…。
ユキはユキじゃないか…。


 どんなにまだらだっていい。
お前が元気で、手の届くところにいて、平和にぐだぐだして過ごしていられるならば、他に何が必要だろう…。

 
 
 

 星マーク
 
 
 

2010年3月

卒業間近のシーズンです。

ちょっと懐かしいような、面映いような光景を目にしました。黄昏時の路地、後輩風の少年が、先輩風の少年に、

「部長ー!」

と声をかけ…、照れくさそうに先輩風の少年が振り向く…。

「ばーか、もう部長はお前だろー!」
「あ、そうか。えーと…。じゃ、もと部長!」
「やだよ。かっこわりー」

…マジ!?と、思わず辺りを見回してしまいました。
中学生日記のような場面に、思わずテレビカメラを探しましたが、どうやらロケでは無いようです。
…何で私が赤面しなくてはならんのか…。

胸に去来するノスタルジーと、照れくささ…。まあね。そういえばやりましたね。こんなやりとり。




 雪国ではまだまだ雪解けには遠いけれど、うちのユキちゃんは東京の子なので、後ろ姿は、もう春を先取りして、うっすら茶色。ただし、季節によって衣替えは頻繁に行なわれるので、夏になればまた新しいモードを取り入れることでしょう。

 …お前、最終的にどんな柄になりたいんだ?と問いかけることは今でもやはりありますが、正直、どうでもよくなってきました。流行を追い続ける少女の化粧がコロコロと変わるように、私はうちの若い娘の衣装替えを、いつまでも生暖かく見守ることにします。

胸毛も腹毛も、何故か、今のところ黒くはなっていきません。

でも、これ以上黒くなっていくつもりなら、「ユキ」は改名しようと思います。

 
 
 



少年たちに倣って、とりあえず、

「もとユキ」ということで…。




どうだいユキ?

 
 
  写真「どんなユキもかわいい」 
    
 2010/3/1脱稿

星のヘアライン

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