小項目「うさぎのお茶会」
星のヘアライン

イラスト「茶色のユキ」
※年賀状用にユキを描いてみた。中途半端に白い毛色が見栄えしなかったので、茶色くしてみた。








 とうとう、この出来事を皆様に語る時が来たようです…。

その日、私は大変疲れていました。
 勿論仕事を終えて帰途に着く時、大抵の人は、ある程度の労感を抱えているものだと思います。
 私も、毎日最寄駅に降りる頃には、お腹が減ったとか、眠いとか、そうしたことを脳内で呪文のように繰り返し、重い足取りで最寄り駅からの道を辿るのが常です。

 その日は特に疲れていたのです。 朝から「企画会議」「資料作成」「企画会議」「資料整理」を繰り返し、一体その企画は、誰がいつ実行するんじゃいと思いつつ、黒ミサのような会議に、ほぼ一日中出席していたのです。
 最寄駅に降りた時、時刻は既に11時を回っていました。でも、もうすぐ家。そう思えば足取りも軽くなります。

 まさか、その、安らぎの空間であるはずの自宅で、あんなに恐ろしいことが待っていようとは…。

 その時私は、予想だにしていませんでした…。


 私は、いつものように冷蔵庫の中身を思い浮かべながら、玄関の扉を開けました。

 …すぐに違和感に気づきました。
 私のアパートは、玄関を開けると、まずダイニングキッチンがあります。その奥に、10畳程度の部屋があります。
 その、真っ暗であるはずの部屋の中が、不自然に明るかったのです。
 電気の消し忘れ、ということはありません。そうした煌々とした明るさでは無いのです。 なんというか、ほう、と、青白い弱い光が部屋全体をまるで異空間のように照らしていました…。

 私は明らかな異常に、身が竦むのを感じました。

 ユキは大丈夫だろうか…。

 まず頭に浮かんだのは、愛兎のことでした。そう思えば、怯んでいるわけにもいきません。 私は、背を冷たい物が這い上がるような感覚を味わいながら、普段と違う部屋に、恐る恐る入って行きました。


 「誰かいますか…?」

 なぜか敬語で問いかけながら、部屋に一歩踏み入れると、そこで私を待っていたのは…!


 この時の衝撃を、どう表現したらいいのでしょう…。ほの明るい青白い光の正体はすぐに分かりました。 パソコンが起動していたのです。真っ暗の部屋の中、決して小さくは無いパソコンのモニターが点いていれば、それは部屋全体を幽玄の世界のように照らします。


 問題は、誰がパソコンを起動したか、ですが…。 犯人は、私が家に入って来たことに気づかなかったようで、パソコンの前に立ち竦み、こちらをまん丸の目で見つめて固まっていました。
「なに?何のファンタジー?」私は状況が理解できず、その存在を言葉も無く見返すことしかできませんでした。

…ユキが、パソコンのキーボードに手をかけて、こちらを向いて青ざめて(印象)いたのです。


 もし、漫画のように吹き出しがあれば、それは確実に「見られちゃった」だったでしょう。
もしやこの白くてかわいい耳の長い生き物は、限りなくユキに似てはいるけれど、実際は留守宅に忍び込んだ泥棒で、家主の不在をいいことに、 パソコンを起動していたのでしょうか。あるいは、私が兎だと思い、家に迎えたこの生き物は、実は地球以外の星から、ある目的で潜入していたのかもしれません。 そうして、私のパソコンを使って、仲間に連絡を…? 私は、何が荒唐無稽で、何が「在り得る出来事」なのか、区別がつかないまま、ゲージの方に目を遣ると、ゲージの扉はぱっかりと開いていて、パソコンを操作している (ように見える)白兎が、このゲージから脱走したことを告げていました。

 私はゲージをちゃんと閉めて出たはず…。ユキはもしかすると、いつも私の留守中こうやって、部屋の中を自由に闊歩し、あまつさえパソコンでメールを打ったり、 ゲームをしたりして遊び、私が帰る頃を見計らって、またゲージに戻っていたのでしょうか…?
 世の中の兎を飼っている皆様はもう、そうした兎の生態をご存知だったでしょうか? 確かに私は、うさぎ飼い主の会にも、うさぎを愛でるクラブにも所属していないので、情報通とは言えません。 でも、まさか、世の中の兎が、ここまでファンタジックな進化を遂げていようとは…。

 ただ呆然とユキと私は見つめ合いました。私的には数分間、現実では数秒の時が流れ、金縛りが解けたのは、ユキが先でした。 私の鞄が、するりと私の手から落ち、大きな音を立てたのをきっかけに、ユキはすごい勢いでゲージに飛び込んでいきました。
 そして、まるでいつものように毛繕いなんかしちゃっています。あれ?帰ってきたの?的に、普段を装っている愛兎に面食らい、 私は一瞬、あれ?何か私は夢を見たのかと思いました。
 実際ユキがこの時、ちゃんとパソコンを立ち下げて行ったら、私も疲労のあまり幻覚でも見たと思ったことでしょう。 でも、さすがにそこまでの余裕は無かったらしく、下手人はパソコンを起動したままゲージで普通の兎のふりをしています。

 ようやく、ほんとうにようやく。私の疲れた頭も正常に動作し始めました。部屋の明かりを点け、状況を確認します。

 部屋の中には、ユキが粗相をした痕もありました。普通に考えれば、ユキはゲージのロックが甘かったのをいいことに、 脱走し、遊びまわっていたということでしょう。 そしてたまたま、ベッドの上に乗り、あらゆる悪さ(ご想像にお任せします)をしていたところ、 そこからパソコン台に上ることができることに気がついたのでしょう。 犬が家長として認知されるご時勢ですから、うさぎがパソコンを起動するくらい不思議はありません。…いや、やはり不思議ではありますが。

 パソコンの画面は、パスワードを聞いてくる、いつものウィンドウズ起動画面ではなく、セーフモードでした。
 ユキは何かをどうにかして、セーフモードで起動したのです。バイオスに入って、コンピュータの設定を変えようとしていたのかもしれません。 あるいは、私がかけておいた起動パスワードが解けず、止むを得ずセーフモードにしたのかもしれませんが。


 「ユキ。メモリの割り当てが不満だったのかい?」
今はもう普通の兎ぶっちゃってるユキからの返事はありません。「あ、帰ったの?おなかすいたー」って顔をして、しれっと水なんか飲んじゃったりしています。 もしかすると、私がいない時は、コーヒーくらい沸かしているのかもしれませんが。


 家の中の被害は、基本的には粗相以外がありませんでした。断線しているコードも無し。 心配していたティッシュ食いも無かったようです。よほどパソコンに熱中していたのでしょう。

 もしかすると、出会いの場を設定してくれない飼い主に業を煮やし、自ら「うさぎのお茶会」の企画をし、うさぎツイッターに書き込んでいたのかもしれません。 うさぎ飼いの皆さん。いかがでしょう。皆さんのおうちのうさぎさんに、もしうちのうさぎからメールが来たら、そっとしておいてあげませんか?内容はきっと…。


「しゅうまつ、かいぬしがしゅっちょうです。夜、ちゃっとをしますので、みんなきてください」


…うちのパソコンの設定で変わったところは、今のところ無いようです。


写真「ゆき。パソコンをする」
2011/2/10脱稿

星のヘアライン

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