小項目「一番星って何でしょう」

星のヘアライン

  

 「一番星の名前を教えてください」

この問いに、今まで私は100回以上答えています。ただし、答えはその都度変わります。いえいえ、いいかげんに答えているわけではありませんよ。むしろ、いいかげんに答えないようにしようと思うと、説明が長くなり、口調ももごもごしてしまうのです。

「一番星は、金星デショ?だって、宵の明星(よいのみょうじょう)って言うじゃない」

確かに。金星はとんでもなく明かるいので、夕方見えている時は、あまり考えることなく、私も「今日の一番星は金星デショウ」と言えます。ローマ神話の、愛と美の女神ヴィーナスの名が充てられている、金色に輝く美しい星ですから、一番星の称号を得るに相応しいように思えますね。ほんとに、いつも一番星でいてくれるといいんですが…。

  
   写真「河口湖の一番星」  2010/01/15脱稿

  金星には、「宵の明星」だけでなく、もうひとつ通り名があります。「明けの明星」って、聞いたことありますよね。金星は、明け方に見える時もあります。明け方見えている時は夕方には見えないわけです。とすれば、金星が一番星ではない時は、どの星がその重責を担うのでしょう?それは、その時によって違うんですね。

 そもそも「一番星」って、何でしょう。手元にあった、「星百科大事典」(地人書館)を見てみました。載っていません。「天文・宇宙の辞典」(恒星社)「星の辞典」(恒星社)載っていません。天文人のバイブル「天文年鑑」(成分堂新光社)「理科年表」(丸善)いずれも、一番星とは何ぞや、には触れていないのです。ではでは、広辞苑を引いてみましょう。載っていました!「一番初めに輝きだす星」なるほど。まあ分かりやすい!さすが天下の広辞苑さん!ただ、「輝きだす」と、「星」の定義が曖昧です。つまり、この説明だと、かなりの確率で、一番星は、「月」になります。月は地球の衛星で、立派な星ですから。天文学的には、この定義ではアカンのです。もちろん一般的には問題ありません。…もうお分かりですね。「一番星」は、天文用語ではないのです。

  例えば、夕暮れ時、もしくはたそがれ時とは何時から何時ですか?と聞かれる方が難しいとお思いですよね。それはまあそうなんですが、類似の言葉として、「天文薄明」という天文用語があります。太陽の高度が、−18°になる瞬時と日の出時または日没時との間の時間、というのがその定義です。(「理科年表」丸善)夕焼けの時間帯はと訊かれても答えられませんが、薄明薄暮の継続時間であれば、地域ごとに、何時何分から、何時何分までですよーと、自信を持って答えられるわけです。いやあ、定義があるって素晴らしい。ちなみに、「薄明」には、天文薄明以外に、常用薄明と、航海薄明と言われるものがあり、常用薄明とは、太陽の中心が地平線下6°、航海薄明とは、太陽が地平線下12°に来た時に終わると定義されているそうです (「天文・宇宙の辞典」丸善)

 一番星の定義もちゃんとあれば、もごもごせずに、「日によりますが、本日は…」と、あっという間に答えられるんですけどね。例えば、日没時、観測地域において高度10度以上で、最も光度の明るい恒星、惑星、小惑星。という感じでしょうか。とはいえ、ほとんど障害物の無い海上であれば、日の入り時の高度が低くても輝星であれば一番星になり得るでしょうし、山間部では、山の合間に見える輝星が一番星でしょう。また、細かいことを言えば、等級がほとんど同じくらいでもスペクトル=色によって、人の感覚には差が出ます。平たく言うと、同じ明るさでも、赤い星より白い星の方が一番星になるかもネ。ということです。ああ、もし彗星を入れるのであれば、光度を等級では一概に比べられないという問題もあるかもしれません。彗星は、もやーっとした尾なども全部含めて、光度を等級で表すので、等級と、明るさのイメージが異なるのです。ややこしー。

 つまりは、よっぽど細かい定義を設定しない限りは、広辞苑さんの通りで、一番最初に、アナタが見つけた星が、アナタにとっての一番星、なのです。ですので、明らかな場合はすんなり答えますが、微妙な状況では、天文屋の倫理上、明言を避けることもあり、どうしてももごもごしてしまうわけです。神経質すぎるかもしれませんけどね。

「こないだ、一番星は金星だって言ったのに、今日は木星って言いました。随分いいかげんですね」
と詰め寄られたり、
「何日から、木星からベガに一番星が切り替わりますか?え?分からない?専門家のくせにー」…と、言われたりすると、生命エネルギーのようなものがぐぐっと落ちますので、種を撒く時は、出来るだけ気をつけたいわけです。

 とはいえ、「一番星を見つけよう!」と子どもたちが競っている姿は、大変和みます。まあ大勢で一番星探しをしていると、必ずトンチンカンな方角を指して「見つけたー」と叫ぶ子どもが何人か出てきますけどね。その場合、どうしたらいいか戸惑うところですが、子どもの視力はバカに出来ませんし、星を見る技術は、視力だけではありませんので、本当に見えている可能性もあります。…たいがいは、天文学仲間用語で言うところの「心の目」でしょうけれど。(流星群観測の時などにフル稼動し、観測結果を狂わせます)…それでも。君の目には、他の人が見えない星が見えていて、その星が確かに輝いているのであれば、それも君の個性だから、臆せずに、それに向かって生きて行けばいい、と、私は小さな背中に、心の中でエールを送ることにしています。

 個人的に言えば、明け方、最後に薄明にとける星の呼び名が無いのがちょっと残念です。見送り星、とか、なごり星、とかどうでしょうね。ただ、明け方の金星のように、太陽を先導するような見え方をする輝星に関しては、ニュアンスは違いますが、「とびあがり星」(つまり、太陽の前に飛び上がる)というような呼び名もあったようです。星の和名は面白いものが多いので、また機会を見つけてお話しさせていただきます。

 冬の日、静謐な空気に包まれた黎明直前の町中には、遠距離通勤戦士たちが、早足で駅を目指して歩く姿があります。その丸めた背中を、夜の名残の星がまるで見守るように白々と輝いているのを見ると、「いってらっしゃい。がんばって!」と、送り出しているようで、何だか嬉しくなってしまいます。

 町が動き出すのを最後まで見守っている星に関して問い合わせを受けたことは、残念ながらありません。

イラスト ナギの一番星
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