小項目「おかえりなさい。はやぶさ」

星のヘアライン

<はじめに>


 仮にもライターの端くれのつもりなら、夜中に書いたラブレターのような、感傷的な文章を人に晒してはいけません。

 これは、他人に対してのコトバではなく、自戒です。

  ポエムやフィクションの場合はまた別でしょうけれど、物や事柄を紹介する場合、解説者が泣きながら書いたと思われる文章に、 シンパシーを感じてもらえることは、無いでしょうし。

 天才と言われるレベルの方はともかく、私程度の筆力のライターの場合、 それは絶対不可欠な箍であり、 「こらこら、夜中汁出てるよ!」と、読み手に思われたらおしまいだと思うのです。

 でも、時に難しい対象物もあります。例えば「探査機」は、往々にして、それに携わる人々の努力や思いが透けて見え、どうしても擬人化してしまいがちですし、 事実と物語の境界が曖昧になってしまうことも、間々あります。
 以前書いた惑星探査機の番組のシナリオを読み返すのは、自分にとって拷問のようなものです

 小惑星探査機「はやぶさ」を、このサイトでも紹介しようかな、と思って、中々手をつけられなかった理由は、そのことによる逡巡でした。

 あんまり自信ないなー…と。

 しかし、皆既日食に沸いた国際天文年も終わり、もう暫くは天文宇宙の分野が脚光を浴びることは無いだろうと思っていたココロの隙間に、はやぶさは奇跡のように舞い降りて、ブームを起こしてくれました。少なくとも天文ジャンル掲げているサイトマスターで、通常の方よりは、情報をたくさん持っている私が、この件に関し無策でいるのも、何となくバツが悪い気もします


 ま、やってみましょうか。  夜中に書いたラブレターを、敢えて朝、読み返さないで投函するという、大冒険を。



 アイキャッチ星
 



 2010年6月13日小惑星探査機「はやぶさ」が、地球に帰還しました。
 総航行距離 60億キロメートル7年に及ぶ、長く、苦難に満ちた旅でした。


イラスト「はやぶさ」



星マーク 目 的


 「はやぶさ」は、2003年5月9日、鹿児島県内之浦町より、ミュー5型ロケットで打ち上げられました。

 はやぶさには、今までの宇宙探査機にはなかった、新しい技術がたくさん組み込まれていました。あまり人に知られていない試行も含まれています。その意味で、はやぶさは、予算の割にたくさんの任務を背負った、典型的な、日本の「試験機」だったと言えるかもしれません。

 その一つが、イオンエンジンです。
 イオンエンジンとは、電気をおびたガスを、秒速30kmのスピードで一方向に噴き出し、その勢いで進む、新しいエンジンです。実は、地球上では紙一枚をゆっくりと動かすほどの力しかありませんが、宇宙空間では、長く使うことで、非常に早いスピードまで上げることができます。

 イオン、とは、プラスまたはマイナスの電荷を持った粒子のことです。イオンエンジンは、キセノンガスをプラスのイオンにし、マイナスの電極に向かって引きつけられる静電気を使用して加速噴射し、推力を得る、という原理です。
 月周回衛星「かぐや」などを打ち上げたH-UAは、液体燃料ロケット。太陽観測衛星「ひので」や、「はやぶさ」を打ち上げたM-Vは、固体燃料ロケットです。このような化学ロケットエンジンは、大きな推力を生み出しますが、長時間使用するのには向いていません。

 このイオンエンジンの実用化が、はやぶさの最大の挑戦のひとつだったことは間違い無いでしょう。


 
自分で判断し、自身をコントロールする自立航行の機能も試されました。目的地は遠く、地上からの指示を待つと、数十分のタイムラグが生じてしまいます。そのため、はやぶさは、自分で判断して、行動する必要があったのです。



 もちろん、試行が全て大成功だったわけではありません。正直に言って、大変残念だったこともありました。

 はやぶさには、小型探査ロボット「ミネルバ」が搭載されていました。ミネルバは、イトカワに着陸し、自ら移動し、イトカワ表面の撮影を行なう予定でした。
 ミネルバは、小さな小さなロボットでしたが、この芸術的、かつ画期的な試みに、関係者の期待は大きく、ミッション当日は、私もわくわくしていました。

 はやぶさのミネルバ放出自体は成功しました。しかし、放出の瞬間、はやぶさは、これ以上イトカワへの接近は危険だと判断し、上昇を始めてしまいます。自立制御しているはやぶさは、何より、自分自身を守らなくてはなりません。結果、ミネルバにとっては、絶好のタイミングでの放出とはならなかったのです。
 そして、イトカワが想像よりずっとずっと質量が小さかったことなどにより、ミネルバはイトカワにとどまることができませんでした。

 ミネルバは、イトカワの撮影を果たすことが出来ないまま、宇宙空間に放り出されてしまったのです。 しかしその後、ミネルバは、くるくると回転し、遠ざかりながら、はやぶさ本体の撮影に成功しています。考えてみれば、これほど遠くで、探査機が、自身の撮影に成功した例はありません。
 そして、ミネルバとはやぶさの通信は、放出後、18時間継続されました。
 これは感傷的な話ではなく、確かに、大きな成果です。

 ミネルバの、予定されていたミッションは成功とは言えません。しかし、ただでは転ばない、そんな心意気を見せてくれたことは確かです。 多くの試みを行なったはやぶさプロジェクトにおいて、 ミネルバは「失敗」に分類されています。期待が大きかっただけに、落胆も大きく、まるで最初から無かったことのように取り扱われ、メディアに省みられることはほとんどありません。
 しかし、ミネルバが教えてくれたことも多かったと言えます。次は、きっと結果を出してくれるでしょう。




 はやぶさの最も重要な使命の一つが、小惑星の砂を持ち帰るという、世界初の試みでした。
 小惑星には太陽系が誕生した時の情報が残っていると考えられています。

 はやぶさが目指す小惑星は、「イトカワ」に決まりました。日本の宇宙ロケット開発の父といわれる、糸川英夫教授にちなんで名づけられた小惑星です。



 アイキャッチ星
 

星マーク 小惑星イトカワ

 ところで、なぜ、はやぶさの目的地は「イトカワ」に決まったのでしょうか?

 理由の一つは、イトカワは比較的地球に近いところにある小惑星だったからです。
 通常、小惑星の多くは火星と木星の間の小惑星帯にありますが、イトカワは地球に似た軌道を回っています。私自身、シミュレーションして知ったのですが、火星軌道の内側を通ることもある、ちょっと変わった軌道です。
 そのため、探査機の操作がしやすかったり、地球からの観測が行いやすいなどの、利点が多くあったのです。

 その他に、これまでの観測で、イトカワは、地球に落ちてくる隕石の多くと、成分が同じ岩石でできているらしいと分かっていたからということもあります。
 地球に落ちてくる隕石の多くが、小惑星からやってきたものと考えられていますが、隕石だけでは太陽系誕生の謎に迫ることは出来ません。隕石のふるさとの一つかもしれないイトカワを調べることで、隕石の分析がより正確になり、太陽系の謎にさらに一歩近づくことになるのです。
 更にもう一つ、イトカワは小さい、ということも大きな理由です。大きい天体ほど昔の岩石は残りづらく、小さい天体ほど、昔の岩石が残りやすくなります。このことも小さいイトカワが選ばれたことの一因です。



星マーク 地球スイングバイ

  2004年5月19日
、はやぶさははやぶさはイオンエンジンで加速をつけて、高度3700kmまで地球に接近。地球の引力の力を借りてスピードを上げました。
 惑星の重力を利用して、スピードや方向を変えるこの方法を、「スイングバイ」と言います。緻密な物理計算が必要で、決して簡単なものではありません。スイングバイに失敗し、爆発した探査機もあります。火星探査機のぞみも、地球スイングバイで、大きな損傷を負いました。
 惑星探査機ボイジャーの頃は、「フライバイ」という言い方をしていましたので、そう覚えている方もいらっしゃるかもしれませんね。

 木星や土星でのスイングバイは、探査機の航行では常識的でしたが、イオンエンジンで加速をつけての「地球スイングバイ」の成功は、世界で初めてのことでした。



星マーク イトカワに到着

 2005年9月、はやぶさのカメラがとうとうイトカワをとらえました。

 はじめのうちはまだ距離があったため、イトカワが細長い形をしているということしかわかりませんでしたが、徐々に近づくにつれ、イトカワが回転していること、その周期がおよそ12時間であること、ただ細長いだけではなくピーナッツのような形であることなどがわかってきました。

 2005年9月12日、はやぶさは、イトカワから20kmまで接近。ここで、イトカワに対していつも同じ距離を保つように静止しました。ここからだと、イトカワの形、イトカワの表面の様子が良く分かるようになりました。

 はやぶさはおよそ2年4ヶ月かけてようやく、小惑星イトカワにたどり着いたのです。 オメデトウ。
 ただただ幸せな頃の、はやぶさ兄さんです。

*最近、ソーラーセイル実証機イカロスのJAXA公式HPのツイッターでは、、はやぶさは、「はやぶさ兄さん」と呼ばれています。最初は何だかなあと思っていましたが、このツイッター、あまりによく出来ていて、つい、夢中になってしまい、今ではすっかりファンです。


 イトカワは、535×294×209m。確かに落花生のような形をしています。研究者の中には、「ラッコ」と呼ぶ人もいたそうです。
 このラッコ、1立方cmあたり、1.9gしかありません。大変密度の小さい天体で、すっかすかの天体であることが分りました。らくがんみたいな星ですね。

  また、レゴリスという小さな石や砂に覆われた地域と、レゴリスがほとんど無い、のぺっとした地域に分かれているのですが、レゴリスは、隕石の衝突などの振動で、地すべりを起こし、移動していることも分りました。





 アイキャッチ星
 


星マーク トラブル発生

 実は、イトカワに辿り着くまでも、幾つかのトラブルがありました。
 2003年11月、観測史上最大の太陽フレア、つまり太陽表面の爆発現象がおこりました。この時、大量のプラズマ粒子が宇宙空間に吹き飛ばされました。
 プラスマ粒子は電気をおびています。もし、人工衛星などがこれを浴びると、故障してまう可能性があります。はやぶさにも影響がありました。しかし、太陽電池の電力が少し落ちた程度に留まり、大きな故障もなく進むことができました。

 もう1つ。2005年7月31日、リアクションホイールという機械が一機故障しました。
 リアクションホイールとは、はやぶさの姿勢をコントロールするための機械で、はやぶさには三機搭載されていました。そのうちの一つが故障したのですが、万が一のために、二機でもコントロールできるように作られていたので、この時も大きな問題なく、進むことができました。

 しかし、更に10月に、二機目が故障しまいました。残る一機だけでははやぶさの姿勢を制御することはできません。そこで、化学エンジンスラスターという小型ロケットをうまく使って、コントロールすることにしました。化学エンジンスラスターは細かい動きが少し苦手ですが、仕方ありません。

 パワーショベルを使って、公園の砂場で子どもと棒倒しゲームをするような取り組みです。


 



 星マーク いよいよサンプル採取

 2005年11月20日、いよいよ、イトカワの砂の採取への挑戦です。
 はやぶさが砂を取る方法は、サンプラーホーンという筒をイトカワの表面にタッチし、その瞬間に地面に向けて弾丸を発射し、まき上げられた砂をカプセルに取り入れるという方法です。
 その間およそ1秒間。
 この様子が、鳥が獲物をサッと取ってくるようなイメージと重なることから、「はやぶさ」という名前がつけられたのです。

 はやぶさは、およそ88万人の名前がのせられているターゲットマーカーを先に落とし、それを目印にイトカワに接近しました。ミネルバの投下が失敗したことを考えると、このターゲットマーカーが、イトカワに留まったのは幸運でした。
  しかし、はやぶさは自分の判断で接近を中止し、イトカワから離れる動きを始めました。ちょうどこの時、地上ではアンテナの向きの関係で、その後はやぶさがどんな動きをしたのか、しばらくの間確かめることができませんでした。
 
 その後の調査の結果、はやぶさはイトカワから離れようとした後、再びイトカワに接近し続け、2回イトカワに接地した後、およそ30分間、イトカワ表面に着陸していたことがわかりました。
 …接近し続けるって、ヘンな表現ですよね。質量の小さいイトカワに、はやぶさがとどまり続けるのもおかしな話です。つまりこれは、異常事態です。接近し続ける、つまりは、はやぶさはイトカワにぶつかり続けた、と言えるかもしれません。30分もの間です。 イトカワの表面は、摂氏100度。
 このことは、はやぶさに酷いダメージを与えました。

 砂を巻き上げるための弾丸は発射されませんでしたが、着地したときのショックで砂がまいあがり、カプセルの中に納められた可能性があります。30分の着陸の後、はやぶさは上昇、イトカワを離れました。これではやぶさは、小惑星着地の後離陸に成功した、世界で初めての探査機となりました。

 11月26日。2回目のチャレンジに成功。
 しかし、信号のトラブルによって、おそらく弾丸は発射されなかったことが、後になって分りました。しかし、着地した時、砂がまいあがり、カプセルの中に納められた可能性はあります。
 2010年9月現在、その結果はまだ分かっていません。


 
 アイキャッチ星


星マーク またもトラブル発生


 はやぶさの離陸直後、トラブルが起こりました。予定外の着陸をした時の衝撃で、化学エンジンスラスターの燃料がもれだしたのです。

 はやぶさは、姿勢を保つことができなくなりました。そこで、イオンエンジンの燃料の一部をわざと噴射し、その勢いで姿勢をコントロールする方法が試され、成功しました。
 これはイオンエンジンの燃料を、本来の目的以外に使った、画期的な手法です。はやぶさのトラブル回避は、「はやぶさのがんばり」と、よく児童文学的な表現で取り扱われます。しかし勿論、実際は、予め、あらゆる危機を想定し、準備していたことと、粘り強く色々な方法を試し続けた、スタッフの成果です。

 しかし、2005年12月8日、再び化学エンジンスラスターの燃料がもれだし、はやぶさは完全にコントロールを失ってしまいました。翌日、通信は完全に途切れてしまいます。
 これまで行方不明になった探査機が再び見つかり、コントロールを取り戻した例はほとんどありません。

 実は、ほぼ同じチームで携わっていた火星探査機「のぞみ」も、行方不明になりました。のぞみは1998年7月に、12件のもの観測機器と、27万人の一般の人から募集したメッセージを応援していたことでも有名です。
 のぞみは、はやぶさと同様に太陽フレアの直撃を受け、電気系がダウンするという大きなダメージを負ったものの、スタッフの必死の努力で克服して見せてくれた探査機です。その活躍を本当に楽しみにしていた国民として、のぞみのプロジェクト失敗の失望を、私ははっきり覚えていますが、スタッフにしてみたら、それどころではないトラウマだったことでしょう。どのスタッフも、のぞみの悪夢を思い出したに違い有りません。
  「最近日本の宇宙開発こんなことばっかりだね」という声も聞こえました。

 しかし、地上のスタッフは、はやぶさを懸命に探し続けました。 プロジェクトマネージャーは、「諦めたら終わる。諦めなければ、どんなに僅かでもチャンスはある」そう言い続けたそうです。

 2006年1月23日、奇跡が起こりました。はやぶさからの微かな信号を、キャッチしたのです。

 はやぶさは、のぞみの失敗をふまえて、ということもあったのでしょう。こうしたことがあった時、はやぶさは、どんなに姿勢が乱れても、いつかは、太陽電池パネルが太陽光に当たるようにと作られていました。
 必ず太陽電池パネルが太陽の方を向く。…つまり、交信のチャンスが出来る。そのように、予め、設計されていたのです。

 奇跡は、降ってわいたわけではありません。
 地味でひたむきな努力と、大胆な発想、そしてチームワークによって、引き寄せられたのです。


 しかしこの時、はやぶさの状態は、かなりひどいものでした。

 はやぶさは一度電源が落ちてしまったため、2回目のチャレンジの時の観測データが、メモリ上に残っていませんでした。
 ヒーターも使えなかったので機体はマイナス50度という冷たさになり、イオンエンジンなど多くの部品が故障している可能性がありました。
 姿勢をコントロールするための化学エンジンスラスターの燃料は、完全になくなってしまいました。

 更に、イトカワの砂が入っているかもしれないカプセルのふたを閉めるには、リチウムイオン電池の電力が必要なのですが、この電池もほとんど空になっていました。ほとんど 空になってしまった電池をいつも通り充電すると、電池が爆発してしまう可能性があります。

 ようやく発見されたのに、はやぶさはもう二度と、動けないかもしれなかったのです。
  はやぶさは、太陽電池パネルが太陽に向く時を狙って、少しずつ少しずつ機体を動かしました。 そして、化学エンジンスラスターは全く使えなくなったので、新しい姿勢コントロールの方法が考え出されました。
 1つだけ残ったリアクションホイールとイオンエンジンの燃料噴射ともう一つ、太陽の光を使う方法です。

 普段私たちはまったく気がつきませんが、実は、太陽の光には、非常に弱いながらも、ものを押す力があるのです。
 はやぶさはこの太陽光の圧力を使った、いわゆるソーラーセイルの方法をまねて、姿勢をコントロールするようにしたのです。
 カプセルのふたを閉めるために使うリチウムイオン電池も、爆発しないようにとゆっくり充電する方法がとられ、無事、満タンになりました。 そして、一番心配されていたイオンエンジンも無事、動き出しました。これで、地球へ戻りし、カプセルを届けることができるようになったのです。


星マーク 最大の試練


 しかし、最大の試練は、この後すぐに訪れます。
  2009年11月4日、イオンエンジンが全て、止まってしまったのです。絶望的な事態でした。

 今度ばかりはもうダメだと誰もが思った時、イオンエンジンの設計者が、1つのプランを提案しました。
 実は、4つのイオンエンジンは、細い電気コードでつなげてあり、壊れていない部品同士をつなげて、一緒に動かすと、まるで1つのエンジンのように動すことができるかもしれないというものです。
 爆発の可能性もある、成功率の低い賭けでした。


 しかし、スタッフの技術と工夫、そしてひたむきに続けられた努力がまたも奇跡をもたらしました。

 イオンエンジンは動き出し、はやぶさは、地球への遠い道をふたたび歩み始めたのです。


 
 


<ちょっと関係無い話>

 諦めないこと、とことん考えること。はやぶさから学ぶことはたくさんあります。

 はやぶさが、何故、幾多のトラブルを回避し、石にかじりつくような執念で戻ってこれたのか。それは、予算が少ない、小さなチームだったから、かもしれません。NASAなどの場合、プロジェクト自体が大きく、パーツや機能ごとに担当の会社や組織があり、それらの連携は容易ではありません。
 つまりは、どこかが故障すると、その機能は、もう諦めないといけないこともあるわけで、それは、その部位のチーム、もしくは会社の失敗、となります。
 はやぶさの場合、イオンエンジンが壊れたら、化学エンジンスラスターを使う。リアクションホイールの故障は、他で補う。全てが故障したら、開発のセクションがアイデアを出し、全員で取り組む。それが可能なチームだったわけです。

 組織が大きくなると、どうしても分割が進み、本来の目的も、個々に割り振られてしまいます。「はやぶさを地球に戻す」ただその一念を、携わるチーム全員で共有し、アイデアを出し、協力しあう。それこそが、はやぶさを地球に戻した最大の推進力だったのではないでしょうか。

 大きな組織は、各課や、係が、自分のセクションの使命を優先させ、とかく自分の周りのことしか見えなくなります。会社本来の目的や、利害を離れ、効率が悪かろうと、目の前の、自分たちのミッションしか見えなくなります。こうなると、どんなに大きな船だろうと、底板から腐り、そして、「腐っている底板は、自分たちの担当では無い」ので、全員の問題意識として認識されないまま、ゆっくりと沈んでいくこともあるかもしれません。

 企業は、はやぶさチームの機動力や、リスクマネジメントに学びたいものです。これは、リーダーのカリスマだけの問題ではありません。繰り返しますが、はやぶさの成功は、偶発的な奇跡ではありません。準備と、努力と、技術が、それを必然的に起こしたのです。





うさねこイラスト「夜中のラブレター」



 アイキャッチ星


星マーク 帰還

 2010年6月13日、はやぶさは地球に戻ってきました。最初の計画では、はやぶさは、カプセルを切り離した後も、活動を続ける予定でした。他の小惑星の探査に出かける、太陽の周りを回る、人工惑星にする、などなどプランはあったようです。
 しかし故障によって、細かいコントロールができなくなっていたので、確実にカプセルを地上に落とすために、はやぶさ自身も一緒に、大気圏に突入することになりました。

 はやぶさはカプセルと違い、大気圏突入のショックに耐えられるように作られていません。ですから、機体は粉々に壊れ、とけてなくなってしまいます。

 大気圏突入およそ7時間前、はやぶさは、故郷とも言える打ち上げ場のある内之浦町上空を通過しました。 スタッフは、どんなに感慨深かったことでしょう。

 はやぶさに送られた最後の指令は、地球を撮影するというものでした。遠い旅から帰ってきた、はやぶさに、地球を見せてあげたかったと、スタッフは言います。
 しかし、故障だらけのはやぶさにとっては、簡単な作業ではありませんでした。たて続けに撮影された6枚の写真のうち、最後に撮られた一枚にだけ、ふるさとの地球の姿が写っていました。



 この最後のミッションの50分後、6月13日22時51分、小惑星探査機「はやぶさ」は、地球大気圏に突入しました。
 地球大気圏に突入した探査機といえば「スターダスト」が思い出されます。多くの方が、その時のイメージで、はやぶさの突入を待っていたことでしょう。

 私は、NASAの飛行機DC8が撮影した実況を見ていましたが、こんなにも美しい探査機の最後は、初めてでした。使命を終えたはやぶさの最後の輝きは、まるで、鎮魂のために打ち上げられる、静謐な花火のようでした。


 23時08分、カプセルは予定通り、オーストラリア大陸のウーメラ砂漠に着地しました。  その後、カプセルは神奈川県相模原市宇宙科学研究本部に運ばれて、実験室の中で、分析が続けられています。はやぶさが私たちに何をもたらしたか、本当の意味で分かるのはこれからです。

 はやぶさは燃え尽きましたが、私たちは、はやぶさと、それを支えたスタッフの努力を永遠に忘れることはないでしょう。




 おかえりなさい、はやぶさ。そして、ありがとう。


イラスト おかえりはやぶさ
 
※説明に映像をつけたい気分はありましたが、このサイトはあくまで個人の趣味サイトで、基本的に、自分が描いたり、撮影したり、仲間からもらった素材以外は使わないことにしていますので、ここでは控えることにしました。
 まあ、リクエストがあれば、やるかもしれませんが…。皆さん、JAXAのページに行こう!

資料協力:同僚T.T
Thank You
2010/9/16脱稿
 
星のヘアライン

トップページに戻る  アイコン 星すきーのトップに戻る