〜ストーリー:「配達された一通の手紙」 なの語り〜

星のヘアライン

  イラスト「キャラ紹介」

 これは父さんから連絡が途絶え、フェムトが家出して、少し経った頃の出来事です。

 冒険家の父さんは、昔から年に一度か二度しか帰ってきませんでしたが、ナギは、稀に送られてくる手紙や電話を心待ちにし、それを拠り所にしていたようでした。
父さんは、ナギにとってヒーローで、唯一無二の絶対的な存在だったのです。

 電話が通じなかったり、中々連絡が来ないのも昔からでしたが、全く消息不明という状態は初めてでした。更に、フェムトがいなくなってしまったとなれば、この頃、ナギの心中は嵐のようだったに違いありません。

 家族想いのナギが最も気にしているのは、身体の弱い私のことだと皆は思っているでしょう。
でも本当は、言うことをきかなくて、お父さんとも、他の人ともケンカばかり。そのくせ、いつもどこか孤独をまとっているフェムトをこそ、常に心にかけているように、私には見えました。

と、同時に、ほとんど大人のいない家で、小さなころからナギを支えていたのも、また、フェムトだったのかもしれません。

  イラスト「キャラ紹介」
   

 私もお父さんやフェムトのことが心配でした。でも、ナギが一番不安定な気がしました。

ナギの最も愛する二人を欠いた生活で、ナギは、一見、全く変わりませでした。ただ、あまりにも変わらないその行動は、何だかロボットや人形のようにも見えました。ナギは今まで通り、物を書く仕事のかたわら、甘えるピコをたしなめ、キロの理屈っぽい相談ごとに付き合い、アトの面倒をみて、私の身体を気遣ってくれます。とはいえ、ピコとキロは、遠方で寮生活。アトは住み込みで修行中ですから、家にいる時間は多くありません。

周りに誰もいなくなる、そんな時、ナギは芯が抜けてしまったように、ぼうっとしていることが多くなりました。反面、ちょっとしたことで大げさにはしゃいで見せ、自分が失ったものから必死で目を逸らそうとしているように見えました。

私に出来ることは、ナギのダメージに気づかないふりをして、ただ側にいて、いつも通りに振舞っていることだけです。時が、ナギの心の隙間を埋めてくれることを、祈るしかありませんでした。



 そんなある日のことです。

「ナギ!ナギ!お父さんから手紙よ!」

  

 

 一通の手紙が届きました。消印は遠い外国です。ワープロで印字された手紙は初めてでしたが、何より変わっていたのは、その内容でした。

「ええと、1月7日、晴れていたら、なのとふたりで、3時半ごろ家を出なさい。ただし、あったかい格好をしていくこと。そして、ますは東へ15mほど進む…。何だか何かの指令みたいね」
「…うん」

 父さんから理由も知らされず、ナギに指示が出されること自体はそれほど珍しいことではありませんでした。いつもと少し違うような気がしました。ナギも、違和感を感じているように見えましたが、それでも、久しぶりの父さんからのコンタクトを喜んでいるようでした。


指示された日、時間より少し前に、私たちは家を出ました。

「まっすぐ進んで、赤い屋根の家を右に10メートル…」
「角のパン屋さんを左に…」

まるで宝探しゲームのようです。だんだん私は、わくわくしてきました。
でもナギは、父さんらしく無い手紙に、疑いを払拭できないようで、私を守ろうという意識からでしょう、ずっと眉間に皺を寄せていました。

保護者としてのナギは、どんな時も意外なほど冷静です。

  

 
 



 進むうち、私たちは町を抜け、小高い雑木林に入りました。

「あ、あった。ひょうたん型の池」

「池のそばに管理小屋があって、その後ろに大きな樫の木があるって」
「どの木のことか、わからないわ」
「はしごがかかってるって」

「ナギ、はしごのかかっている樫の木あった!」

「登って、印の付いている枝に座れって」
「印って、どんな?」
「書いてない。オレが登って探してみよう。なのはここで待ってなさい。誰か近づいてきたら、大声で教えるんだよ。そして…、携帯の送信ボタンを押しなさい。警察に、この場所を送信出来るから」
ナギが、携帯電話を差し出しました。全くの子ども扱いに、少し顔をしかめて見せ、受け取らずにいると、ナギは私の手をとって、携帯電話を無理やり持たせます。
「心配性…」

「いいから。分かったかい?」
「はい。マム」
ナギはふざけてお祈りのポーズをした私の頭をちょんと小突いて、木に登っていきました。





 「ナギー!印あった?」
「…ああ。枝に赤い布が結んであった。なのもゆっくりおいで」

ドキドキしました。決して活動的では無い私の人生で、木に登るなんて、初めての経験でした。気分が高揚していたからでしょう。随分な高さでしたが、不思議と怖いとは思いませんでした。そもそも、ナギが傍にいれば、私が恐れることなんか、何もないのです。

ナギに手を引かれ、枝に座ると、茂る木の葉の隙間から、眼下に町を一望出来ました。


「わあ…。こんな眺め、初めて…」
「うん。こんな場所が、あったんだな…」


「4時50分に、西を見ろって」
「でもナギ、そろそろ陽が沈むわよ」

 
  イラスト 枝に座るなのとナギ
 

「あ、富士山だ!」
「ほんとだ。私富士山、初めて見たわ。こんなところから富士山が見えるのね」
「…太陽が富士山のてっぺんに沈んでいく…」

富士山の頂上に太陽が落ち、一瞬、宝石のように輝きました。時々刻々とその表情は変わっていき、まるでそれは、夢を見ているような、美しい光景でした。
神々しいの一言に尽きる富士山に、未来は暗いことばかりじゃない。

明るく照らされているんだと励まされている気がしました。



   写真 ダイヤモンド冨士





「…きれいね…」

「富士山の頂上に太陽が沈む、この眺めを、ダイヤモンド富士っていうんだ」
「お父さん、この風景を私たちに見せてくれたのね…」
「…」

太陽がすっかり沈んでしまった後、富士山の上に被さっているような雲が出来ました。時間が経つにつれ、富士山がバックライトで赤く照らされ、一層不思議な眺めになりました。

ナギが、呟くように言いました。

影富士っていうんだよ。沈んだ太陽が、富士山の影を、上空の雲に映してるんだ。


 写真 影冨士写真 冨士と飛行機
 





ナギのガラス球のような真っ黒い目に、夕日が映って、万華鏡のように揺らいでいました。

ナギが生き返った。変な話ですが、私はそう思いました。

お父さんは、ナギの傷心を慮り、こんな計らいをしたのでしょうか。

それにしても…。家の近くに富士山が見える場所があるなんて、私は知りませんでした。冒険ばかりだったお父さんが、いつこの場所を見つけたのでしょう。そして、いつ目印をつけたりしたのでしょう。ナギもそう思ったのか、目印の汚れた布きれを丁寧に枝から外し、ずいぶん長い間じっと見つめていました。

時が止まったように微動だにしないナギが少し心配になって、声をかけようかと思った時です。ナギが顔を上げて、にっこり笑いました。

久しぶりに見る、傷みの無い笑顔でした。その温かさに、私の胸にあった氷の固まりが、急に解けたように感じ、涙が出そうになりました。…ナギが、見せかけでなく、本当に笑うのを見るのは、フェムトが出て行ってから初めてのことだったのです。

「ナギ、もう少し、ここにいようよ」
「いいや。太陽が沈んだら、あっという間に寒くなるから、帰ろう」
「まだ見ていたいわ」
「ダメだ。身体に障るから。…また来ようよ。今度いつダイヤモンド富士になるか、オレ、調べておくよ」
「うん」

ナギは目印の布を、一度大切そうににぎりしめ、そしてまた枝に結び直しました。


ダイヤモンド富士
撮影地:東京
/撮影者:同僚

thank you


 2010/2/07脱稿










 それから、ナギの様子に特別な変化は無く、いつも通りの日常を送っています。

けれど、その表情には生気が戻ったように見えました。ナギの心の張り詰めた糸が、少しゆるんだような気がします。

今ナギを支えているのは、宝石をあしらった富士山の壮麗な光景なのか、字に特徴のあるお父さんからの、今回にかぎって、何故かワープロ印字の手紙なのか、それとも…。

あんまりぼろぼろになっていたので、すぐには分からなかったけれど、枝に結んであった赤い布が、何だか見覚えのあるものであることに私が気がついたのは、




少し後のことでした。
      イラスト フェムトのスカーフ

星のヘアライン

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